夢を楽しむ月花庵

現代人にとっての夢

現代人にとって、夢はどんな存在なのだろう。
個人的な印象で言うと、
「夢はただの夢だ」と思う人が多いように思います。
それはそれでいいと思います。

ですが、私がちょっと寂しく思うのは、
「何度も同じ夢を見る」「怖い夢がいやだ」と感じる事に関して
「夢が怖がられているのではないか」という事です。

この心理と夢占いは、仕組み上相性が悪いので、
キーワード型夢占いが目につきやすい現状では、
「夢は怖い」とか、「夢占いは当たらない」という印象から
脱却できないでいるのかな・・・と感じています。

「怖い夢」だけで終わるのはもったいない

怖い夢ほど自分にとって重要度の高いメッセージがある、と考えております。
(そうじゃない睡眠環境のせいもある事はあるけど)

本当の事を知るのが怖いのはよく分かるので、
無理に向き合う必要はないと思いますが、
ここで現代に多い「夢占い」に中途半端に頼るのは、もったいないと思うのです。
(これについては【夢占いとは何なのか。】の記事をご覧ください。)

心理学の発展により、現在はカウンセリングでも、夢を取り扱う事があります。
有効に活用することでこころの浄化を効果的に行われた例が増えています。
ですがあまり表立って言われている印象はなく、
難しそうなイメージの心理学の分野になってしまっているので、
一般の方が夢分析に触れる機会が少ないように思います。
これは、とてももったいないことだと思っています。

ちょうどいい「キッカケ」がない

現状、夢占いは出会う機会が多いのに対し、
夢分析はなかなか出会うのが難しい状態になっています。

「キッカケ」として現状どうなっているかというと、
夢占いは、インターネット検索でも、
本屋さんの占いコーナーでも、
調べたければ生活圏内で比較的すぐに出会えます。

対して夢分析は、
インターネット検索でも、狙って検索しないと方法を習得できません。
本屋さんでも、心理学コーナーにあったりするので、
普通の人はなかなか覗かないと思います。
サブカルチャーコーナーに置いても良さげだと思った
おもしろい夢分析本も、個人的にはあったので・・・本当にもったいない;;

そして、多くの方が夢占いで満足してしまう理由も、なんとなく分かります。
自分で考えずに答えが書いてあるようなものなので、楽なんです。
ですが、そのせいで、あってても外れても、
わりとどっちでもいい、という、軽い夢の扱い方になってしまうのです。

これこそ本当に「占い」という形ですね。
そして、みんな「占い」は大好きなので、なんとなく雰囲気で楽しめちゃうのです。
気持ちは・・・すんごい分かります・・・うん・・・
なので、それで楽しめているうちはすごく良いと思うのですが、
もし外れちゃったり怖い意味があって、
夢のことが怖くなった場合は本末転倒なので、
ここで「夢分析」という選択肢が
出てくるようになったらいいなぁというのは、常々思ってしまいます。

迷信が排除され、個人のものに

今は科学も心理学も、医療も発展して
迷信的なものは排除されている事が多いですが、
夢も例にもれず、迷信の一部となりがちです。

しかし、これも別に悪い事ではありません。
迷信的なものが排除されているので、
かえって心理学や脳科学、医療の発展など、
心身の健康の事も考慮できる考察が、昔以上に柔軟にやりやすいのです。

昔は夢を政治に使うほどに社会に浸透したものだったので、
それがされなくなった今、夢はより個人のものとして存在しています。

なので、現代の「夢」というのは、
昔以上に個人的でひみつの領域になっているなぁと思うと同時に、
余計な先入観、支配、ノイズのない、
かつてないほど純粋な心身の産物、という状態だなぁとも思ったのです。

今、夢の接し方の支配があるとすれば、
現代では強くなった科学的なものや、夢占いのコンテンツの多さ、くらいでしょうか。
(それもそんなに強くなくて、自身で選択できる)
これらに捉われ過ぎても、夢の柔軟な解読が困難になるので、
やっぱり何事もバランスが大事です。

現代の「夢」は、みんなそれぞれの「透明なひみつの場所」
そう思って、ちょっとでも科学とオカルトの間の
ふしぎなふわふわ感を楽しめたら良いなと思っています。

最新更新:2022.9.10/執筆:夕飛